作品
自分の力ではどうにもならない事が、心底気に入らなかった。
「しょうがない」とばかり言って済まされてしまうことが、いかにつまらないかわかるか。
どうにもならない事ばかりが多すぎるから、俺はロックンロールに逃げる、音楽に逃げる、作品に逃げる。
全てから逃げるために、美しい作品を漁る。
そうでもしなければ生きていける気がしない。
美しい作品だけをずっと聴いていたい。
俺はずっと音楽の為に生きている。
作品を聴く、ライブに行く、そうして何とか空いた穴を埋めた気になって生きている。
月明かりを浴びて聴くジムノペディの月光の素晴らしさを、わかる人間は数少ないだろう。
孤独で音楽を漁るからこそ、人間は救われるのだ。
斜陽と湿った道路の下校途中、まとわりつく暑さで夏を実感する。急ぎ足の帰り道が、やけに長く感じる夕暮れだった。
背景、夏の生霊
入道雲が空を覆うように現れて、その分厚い姿を見せている。今年も夏が来る、夏の空気が肌に染み付く、僕はずっと風を待っている。
最近は、随分と夏の思い出に敏感になったような気がする。
高校、あるいは中学の、部活帰りに自転車に乗って汗を流しながら坂道を登った光景がずっと脳裏にある。
あとは、部屋でクーラーにあたりながら野球を観て、そのあと外を眺めていた時の記憶。
あの日常にどれ程の哀愁が詰まっているか、当時の俺はわからなかった。解ろうともしなかった。
純粋に夏を生きてきたのだ。流れるままに。夏の温度に溶けこんでいた。その時の記憶や、思い出が、今も俺の背後にずっとまとわりついている。
それらは、当時の温度のまま生霊となった。
生きた人間の生きた記憶が、未だ成仏出来ていない、過去の物として扱われる事を良く思っていないのだ。
揺れている夏草を掻き分けて進んだ先は、それはそれは美しい景色なんだろうか。
夏の夕暮れが美しいことなんて、誰だって知っている。高い空で雲が焼けるその瞬間は、何にも置き換える事は出来ないものだ。そのまま静かに夜になって夏は終わりに向かう。
ある日の夜、蛍が綺麗だった。
あの娘のスカートと通学路
二十歳
淡い橙色の夕暮れが、死にたいという感情を心の奥底から引きずり出してくる。
だがそれと同時に夕暮れは美しく心を震わせる。
死にたいだけの世界に何の意味があるかわからないが、それでも希望を追いかけて生きている。
今日はやけに雲が多い、あまり好きではない。
四月が終わる、五月が初夏の風を吹き荒らすのを横目に僕は酷く憂鬱としていた。
昨日深夜三時の薄暗いテレビの光が目の前にある中で、僕はただ画面を見続けていた。
「孤独であること、未熟であること、それが私の二十歳の原点である。」最近読んだ本にそう書いてあった。生きる事は難しい、生きていく事こそが、人生最大の課題だ。
「あの人は孤独だね」
表面だけの仲良し集団が言う、楽しそうに笑う人が言う、幸せに暮らす人が言う、僕が僕自身に言う。
僕は今日も孤独だ。
春隣
男は殴り続けた。
「やめてください、やめてください」
そんな言葉を聞くはずもなく、女の顔は赤くなり、酷く腫れ上がり、その場には言葉に表すことの出来ない憎悪が渦巻いていた。
理想の死に方がある。 身体は老いて、ベッドに横たわる俺を晴れた日に突如開いた窓から桜の花が包み、花が消えたと思えば、俺は安らかな顔で眠っている。
そんな事は叶わない話だが、どうもこの死に方がベストな気がしてならない。
桜の木の下には死体が埋まってるなんてのはよく聞く話で、恐怖心と共に好奇心が芽生える。
春になった、春という季節は淡く綺麗な姿をしているが、どうも死にたくなる。 ポカポカした気温に柔らかい空気と青い空が、俺の希死念慮を誘い出す。
死にたい死にたいと思ってはいても、実際に死ぬ事なんてできなくて、どうにか生きる理由を探している。所詮は俺もそんな人間だ。
春風が桜を散らす情景は、美しくもあり春が終わるという寂しさもある。
春泥棒が今年も訪れている。
「春の日に昭和記念公園の原に一本立つ欅を眺めながら、あの欅が桜だったらいいのにと考えていた。あれを桜に見立てて曲を書こう。どうせならその桜も何かに見立てた方がいい。月並みだが命にしよう。花が寿命なら風は時間だろう。
それはつまり春風のことで、桜を散らしていくから春泥棒である
n-buna」
某日、春の訪れ
今日は自動車学校の卒業検定に落ちた。
いつもは何事もなく出来ていた事が出来なかった。 自分の技量の無さを恨んだ。
何度後悔しても時間は戻らないし、やり直
すことは出来ない。あるのはただ卒検を落ちたという事実だけ。
俺は今黒染めの待ち時間でこの文を書いている。 頭にラップを貼られ、惨めな姿が鏡に写っている。
いつまでもこの失敗を引きずってはいられない。 切り替えてまた月曜日に向かっていかなければならない。
男は街を歩いていた、死にかけの目をして。 目的地など無く、ただぼーっとしながら歩き続けている。
考え事に夢中で、前から来た歩行者とぶつかった。
「すいません、」
か細い声でそう言うと、また歩き出す。
駅前は土曜日にも関わらず閑散として閑古鳥が鳴くようだ。
人が数人程しかいない。シラけた空気が春を飲み込んでいた。
駅前のベンチに腰掛ける、空が青い、陽の光が照らしている。
「春には魔が潜んでいる」、誰かが言っていた。
空はまだ青いままだ。